妙圓寺は、今から約850年前、康治四年(1143年)に開かれました。紀州根来山開祖興教大師の遺弟・耀光房融源大僧都によって開基され、伝行基菩薩作の釈迦如来を本尊として祀られています。
江戸時代に入ると歴代長岡藩の藩主である牧野家から帰依を受けて、特に藩庁が置かれた長岡城(今日のJR長岡駅付近)から見て北東に当たる為、鬼門鎮護の寺院として祈願所になりました。
弘法大師によって開かれた真言宗は、東寺や高野山を中心に広められます。平安の末期に興教大師覚鑁上人によってさらに新しい力が吹き込まれると紀州に根来寺が創建されました。
鎌倉時代になると頼瑜僧正によって新義真言宗の教えが成立し根来寺を中心に栄えましたが、戦国時代の戦渦により専誉僧正をはじめ多くの僧侶が根来寺を離れることになりました。
その後、長谷寺に招かれた専誉僧正は豊山派をおこし、長谷寺は学山として栄えました。豊山派の派名は長谷寺の山号「豊山」に由来します。
真言宗豊山派の宗紋である「輪違」は仏さまと私たち衆生は、もとは同じで異なることはない❝凡聖不二❞という教えをあらわしています。
金神とは「鬼門」のことで、方位では北東(表鬼門)と南西(裏鬼門)をいいます。❝金神除け❞は住宅の安全と家内安全を祈る祈祷であります。
九星という各人の生涯持ち続けるホシがあり、毎年ホシが移動し暦でいう<厄年>が3年に1回きます。体調不良であったら、医師に診断をあおぐと同時に加持祈祷を受けると不思議と回復が早いです。
八百年にわたる鬼門金神除けの祈祷法は連綿と今に伝えられて、その効験は日々験らたかです。新しい年を迎えたら家族全員の氏名と生年月日を持参してこの祈祷法を受けられるのが、一家の安全、隆昌をきずく、基本であります。
「家内安全」と「星供之神符」のお札は自宅の「床の間」に安置して、蝋燭をつけて、さかずき一杯の酒をあげて拍掌二度打って金神様のご真言「オン ケンバヤ ケンバヤ ソワカ」を三度唱えます。厄除けや、当病平癒などは別紙にてお伝え致します。「金神除け」4枚は屋敷の四隅或いは住宅の四隅に下げて下さい。
1月1日~3日 | 年始 |
2月3日 | 節分会 |
3月【春分の日】 | 春彼岸会 |
3月 | 涅槃会* |
5月8日 | 大般若会(花まつり) |
8月1日・7日 | 盆参会 |
8月28日 | 大施餓鬼会 |
9月【秋分の日】 | 秋彼岸会 |
12月第一日曜日 | 合同年忌会 |
12月31日 | 除夜の鐘 |
毎月3日 | 多聞天護摩供 |
毎月第三木曜日 | 写経会* |
*日時はお問合せ下さい
涅槃会 ‐ねはんえ‐
涅槃会とはお釈迦様が入滅(亡くなる)された日に行う行事です。
だんごをお釈迦様の遺骨の代わりとして、だんごまきを行います。
大般若会 ‐だいはんにゃえ‐
経本をパラパラめくってお経の一部だけを読むことで、全体を読んだことにするもの「転読」を行います。この転読の際に出る風に当たると、一年間は無病息災になるといわれています。
写経会 ‐しゃきょうかい‐
書くことで心や体に良い影響をもたらす写経。妙圓寺では、般若心経や観音経を写経して心の安穏を得ています。写仏もしていますので誰でも気楽に参加できます。
多聞天【秘仏】
多聞天護摩供とは、火を焚いて中に供物を投入して本尊『多聞天』を供養し、その加護を願う儀式です。多聞天は勝負事に強いと有名で、必勝祈願のご利益につながっています。
格天井 ‐ごうてんじょう‐
格間によって形成された天井を格天井と言います。格間ひとつひとつに、仏様に差し上げる山川草木(山や川、草や木など)が描かれています。
十六羅漢 ‐じゅうろくらかん‐
十六羅漢とは仏教を護持しようと誓ったとされる羅漢の事。中央にお釈迦様、周りに羅漢、四隅に四天王と並んでいます。四天王は仏教の守護神で、東南西北の四方を守る天部の神と言われています。
山王権現 ‐さんのうごんげん‐
妙圓寺の鎮守として祀られています。鎮守神とは、建造物や土地を守護するために祀られた神の事で、鎮守神を祀る社を鎮守社と言います。
山号額 -さんごうがく-
寺号額 –じごうがく-
瀧澤山 妙圓寺 和讃 –りゅうたくざん みょうえんじ わさん–
住 職 内山 慶乗
名誉住職 内山 慶法
〒940-0111 新潟県長岡市下塩2518
電話 0258-52-5524
FAX 0258-52-5529
月曜日と木曜日 ご祈祷はお休みです